一般的に発見されるものとして、居住施設としての竪穴住居、貯蔵施設としての貯蔵穴や掘立柱建物、ゴミ捨て場や土器の焼成など様々な用途に使われたと考えられる土坑(不定形の穴)、集落の周りを巡らせたり集落内部を区画するように掘られた溝(環濠や区画溝など)の遺構がある。
弥生時代の人々の住居には、主として竪穴住居が使われた。平面形態は円形・方形が主流で、長方形・隅丸方形がそれに次ぐ位置を占めるが、地域によって多様な様相を示す。 早期の北部九州の住居には、縄文時代晩期の系譜を引き継ぐと考えられる平面方形のもののほかに、平面円形で中央に浅い皿状のくぼみを持ち、その両脇に小さな穴(柱穴か)を1対持つ特徴的な形態の住居が存在する。 この形態の円形住居は、同時期の朝鮮半島南部に広く分布しており、韓国忠清南道扶余郡松菊里遺跡で最初に注目されたことから、「松菊里型住居」ともよばれる(ただしこの名称は日本国内に限定して使用され、韓国考古学界ではむしろ「松菊里類型」という用語は住居跡の形態のみでなく土器や石器組成を含めた文化総体の名称として用いられることが一般的となっている)。 この松菊里型住居は、縄文時代後・晩期に西日本一帯でしばしば見られる円形プランの住居跡とともに、弥生時代前期から中期にかけて主流となる円形住居の祖形となったと考えられている。 弥生時代中期には、住居のプランは北部九州から西日本一帯で円形プランのものが卓越し、一部に隅丸方形のものが見られるが、弥生時代後期にはいると西日本一帯で突如として平面プランが方形あるいは長方形へと変化し、次第に長方形へと統一されていく。
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このほか、南部九州には「花弁型住居」と呼ばれる特異な平面プランの住居跡が分布し、また兵庫県西部(播磨)地域には円形住居の床面中央部に1O(イチマル)土坑と呼ばれる特殊な遺構を持つ例が分布するなど、竪穴住居の形態には多様な地域性があり、注目される。
弥生時代の住居としては竪穴住居が出土例の大半を占めるが、このほかに平地式住居や掘立柱建物が想定される。 しかし、平地式住居の場合、生活面が削平されて(けずられて)しまうと生活の痕跡の大半が失われてしまうことから、住居として把握することがきわめて困難になってしまうため、これまでに把握された平地式住居の具体的な例はきわめて少ない。 また、掘立柱建物の場合後述する倉庫などとの区別が平面プランだけでは区別できないため、これも確実な住居の例は指摘されていない。
弥生時代には、主に米を貯蔵する倉庫が発達した。 早期には北部九州など一部の集落に掘立柱建物の倉庫が半島から伝播するが、前期までに地下式の倉庫が主流となり、掘立柱建物はほとんど見られなくなる。 地下式倉庫は円形のものが主流で、しばしば方形・長方形のものが見られ、いずれも断面形態がフラスコ状を呈する。これらは「貯蔵穴」と呼ばれる。
中期前半から中葉にかけて、掘立柱建物の倉庫が西日本一帯に展開する。 主な形態のものは柱間が1間×2間の規模のもので、これに1間×1間、1間×3間などのバリエーションが加わる。この倉庫の様相は弥生時代を通じておおよそ変化はなく継続する。 弥生時代末から古墳時代初頭になると、2間×2間の総柱式の建物が出現し、これが主要な倉庫の形態となる。